川越グリーンクロスなぜ閉鎖?名門PGMコース終了の真相と跡地の今
都心から車で約40分、首都高速・与野インターチェンジから10km以内という卓越したアクセスを誇り、半世紀以上にわたって多くのゴルファーに親しまれてきた「川越グリーンクロス」。パシフィックゴルフマネジメント(PGM)が運営を手がけ、公式予約サイトやGDOなどでも常に高い稼働率を維持していた名門河川敷コースですが、2023年12月末をもって惜しまれつつ56年余りの歴史に幕を下ろしました。
プレーヤーの間では「常に予約で一杯だったのになぜ?」「経営難による倒産なのか」と様々な憶測が飛び交いました。あれから時を経た2026年現在、かつて名物だった「渡し舟」が行き交ったコース跡地はどのような姿へと変貌を遂げているのか。国土交通省の大規模事業や相次ぐ気候災害の歴史を紐解きながら、閉鎖の決定的な背景と知られざる真相を徹底取材しました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:川越グリーンクロスの営業終了は経営不振ではなく、国交省が進める国家プロジェクト「荒川第二調節池」の建設事業に伴う河川敷占用許可の終了が決定打。
- 要点2:2019年の台風19号による壊滅的浸水被害など度重なる水害リスクと、首都圏830万人を洪水から守る防災インフラ整備の優先が背景にある。
- 要点3:2026年現在の跡地では調節池の大規模な掘削・築堤工事が本格化しており、移転再開の予定はなく、預託金返還やPGM系列コースへの移行案内により会員対応は完了している。
【名門の終焉】川越グリーンクロスがPGM営業終了・閉鎖へ至った決定的な理由
埼玉県川越市古谷本郷の入間川と荒川に挟まれた広大な敷地に位置していた川越グリーンクロス。開場は高度経済成長期の1967年、京信産業によって設立され、設計は東急建設が手がけました。約66万坪という広大な河川敷に展開された27ホール(パー108)は、平坦ながら適度なアンジュレーションとハザードが配置され、2001年にPGMグループへ経営権が移行してからは、利便性の高いオンライン予約システムや手頃な料金設定も相まって、首都圏の大衆ゴルファーから絶大な支持を集めていました。
閉鎖が告知された当時、PGMの公式サイトやゴルフ予約サイトには「突然の営業終了に驚いた」「予約が取りづらいほどの人気コースだったのに、なぜ閉鎖するのか」といった困惑の声が溢れました。しかし、関係機関の資料および取材データが示す閉鎖の直接的な理由は、民間企業の経営都合ではなく、国土交通省関東地方整備局が進める「荒川第二・三調節池事業」の用地収用にありました。
ゴルフ場が位置していた河川敷は、民間企業が所有する私有地ではなく、国から河川法に基づく「河川敷占用許可」を受けて運営されていた土地です。国が策定した首都圏の抜本的治水計画において、川越グリーンクロスの敷地全体が「荒川第二調節池」の貯水エリアとして完全に重複することとなり、占用許可の更新期限を迎えた段階で営業継続が法的に不可能となりました。これが、黒字運営でありながらコースを閉ざさざるを得なかった真相です。

繰り返された台風被害と荒川第二調節池事業|治水の要衝となった河川敷の現実
国が調節池事業を急いだ背景には、近年の異常気象による凄まじい水害の激甚化があります。なかでも決定打となったのが、2019年10月の「令和元年東日本台風(台風19号)」でした。
この未曾有の豪雨により、荒川および入間川の水位は観測史上最高レベルまで跳ね上がり、川越グリーンクロスはクラブハウスの床上まで濁流に飲み込まれました。コース全体が完全に水没し、名物の渡し舟も流失の危機に瀕するなど甚大な被害が発生。復旧作業には膨大な費用と数カ月もの歳月を要しました。当時、現場を目撃した常連ゴルファーの回想録には「一面が泥海と化し、どこにグリーンがあったのか判別すらつかない光景に息を呑んだ」と記されています。
荒川下流部(東京都北区、足立区、江東5区など)は海抜ゼロメートル地帯を抱えており、ひとたび堤防が決壊すれば首都中枢が壊滅的な打撃を受けます。国交省が総事業費約1,670億円を投じて整備を進める荒川第二・三調節池は、既設の第一調節池(彩湖)と合わせて約5,100万立方メートルの洪水調節容量を確保する巨大治水インフラです。川越グリーンクロスを含む荒川河川敷のゴルフ場群は、まさに首都圏に暮らす830万人の人命と都市機能を守るための「遊水地」としての役割を担う宿命を背負っていたと言えます。
データで見る川越グリーンクロスの軌跡と事業比較
半世紀以上に及ぶ歴史、コーススペック、閉鎖に関わる行政事業の詳細データを以下の比較表に整理しました。
| 項目 | 川越グリーンクロスの詳細データ | 一般的な河川敷コースの相場・基準 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 開場時期・歴史 | 1967年開場(2023年末閉鎖、歴史56年) | 1960〜70年代開場(40〜50年程度) | 埼玉の河川敷ゴルフカルチャーの草分け的存在 |
| コース規模・設計 | 27ホール(南・中・北コース)/東急建設設計 | 9〜18ホールが主流 | 河川敷としては破格の27ホール。戦略性も高水準 |
| アクセス環境 | 首都高・与野ICから約10km/大宮駅・川越駅から至近 | ICから15〜25km圏内 | 都内ゴルファーにとって屈指のタイムパフォーマンス |
| 象徴的設備 | 入間川を渡る「渡し舟(動力船)」 | 沈下橋またはクラブバス移動 | 全国的にも唯一無二の旅情と非日常感を演出 |
| 閉鎖理由 | 国土交通省「荒川第二調節池事業」に伴う占用終了 | 経営悪化、後継者不足、水害復旧断念 | 高稼働・黒字にもかかわらず国家防災計画による収用 |
| 跡地の利用状況(2026年) | 国交省による大規模掘削・周囲堤整備工事中 | 荒地化または太陽光発電施設等 | 首都圏を守る大規模治水池へと完全転換が進行中 |

【実態検証】「渡し舟」で渡った名物27ホール|利用者の生の声と現場目線で見えたリアル
川越グリーンクロスが半世紀以上にわたりゴルファーを惹きつけてやまなかった最大の理由は、なんといっても全国的にも極めて珍しい「渡し舟」による移動でした。
クラブハウスでチェックインを済ませ、土手を越えて船着き場へと向かうと、そこにはゴルファーとキャディバッグを乗せる専用のエンジン付き渡し舟が待機していました。朝の澄んだ空気のなか、水面を渡って対岸の南コースや中コースへと向かう数分間の船旅は、「日常から隔絶された特別なラウンドの始まり」として、訪れるすべてのプレーヤーの記憶に強く刻まれています。
コースレイアウトは南・中・北の各9ホール、計27ホールで構成されていました。平坦なフェアウェイながら、荒川特有の気まぐれな川風、要所に配されたウォーターハザードや深いバンカーが絶妙なプレッシャーを与え、初心者からシングルプレーヤーまで飽きさせない設計となっていました。SNSやゴルフ口コミサイトには、閉鎖から時間が経過した今もなお、当時の思い出を慈しむ声が数多く残されています。
「朝靄の中、舟に揺られてコースへ渡る瞬間の高揚感は他では味わえなかった」「仲間との月例コンペはいつも川越グリーンクロスだった。手軽に行けて本格的なゴルフができる最高のホームコースだった」「台風で水没したとき、スタッフ総出で泥を掻き出して復旧させてくれた姿に胸を打たれた」など、単なるレジャー施設を超えたコミュニティとしての絆がそこにありました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「再開・移転説」の真相と会員権補償
営業終了から現在に至るまで、インターネット上ではいくつかの誤った情報や根拠のない噂が一人歩きしています。関係者への取材から判明した真相を整理します。
第一の誤解は、「PGMが赤字を理由に撤退・倒産した」という言説です。前述の通り、同コースはPGMグループ内でも首都圏トップクラスの稼働率を誇り、直前のシーズンまで週末枠は瞬時に埋まる大盛況でした。倒産による閉鎖ではなく、公共事業による土地の明け渡しが真実です。
第二の誤解は、「近隣の遊休地へ移転してリニューアルオープンするのではないか」という再開説です。これについて調査したところ、川越グリーンクロスの移転・再開計画は一切存在しません。首都圏近郊で27ホール規模のゴルフ場を新たに造成・認可取得することは、現在の環境アセスメントや開発規制、採算性の観点から極めて非現実的です。
気になる会員権(メンバーシップ)の補償問題について、パシフィックゴルフマネジメントは法令および規約に則った極めて誠実な対応を実施しました。同社は閉鎖発表後、会員に対して預託金の返還手続きを滞りなく進めたほか、近隣のPGM系列コース(富岡カントリークラブ、岡部チサンカントリークラブなど)への優待移行措置や系列コース利用に関する特別なインセンティブを提供。混乱や訴訟トラブルを招くことなく、スムーズに会員対応を完了させています。

【跡地は現在どうなっているのか?】2026年の現地レポートと失われゆく河川敷ゴルフの未来
2026年現在、川越グリーンクロスの広大な跡地はどうなっているのか。現地を訪れると、かつて美しいティフトン芝やベントグリーンが広がっていた景色は一変しています。
エリア一帯は国土交通省の立ち入り禁止フェンスで囲われ、無数の大型ダンプカーとショベルカーが稼働。荒川第二調節池の本体となる巨大な掘削工事と、周囲を囲む頑強な「周囲堤」の築造が急ピッチで進められています。クラブハウスはすでに解体・撤去され、川を渡るための船着き場も治水工事に伴い姿を消しました。ゴルファーたちがナイスショットに歓声を上げていた場所は今、首都圏の洪水被害を防ぐための巨大な貯水空間へと着実に姿を変えています。
川越グリーンクロスの閉鎖は、日本の河川敷ゴルフ場が直面している構造的な転換点を象徴しています。荒川流域だけでなく、利根川や多摩川などの河川敷コースも気候変動に伴うスーパー台風の直撃を毎年のように受け、巨額の冠水復旧費用と国の治水インフラ強化の狭間で存続の岐路に立たされています。
【プロの結論】今後のゴルフ場選びと水害リスク管理における教訓
川越グリーンクロスの閉鎖という史実は、現代のゴルファーに対して「コース選びと会員権保有のあり方」に関する重要な示唆を与えています。
【河川敷コースの利用が向いている人】
首都圏近郊で移動コストやプレー費を抑えたいカジュアル層、平日の早朝や薄暮ハーフを有効活用したい練習重視のゴルファー、フラットなコースでシニアやジュニアと気軽にラウンドを楽しみたい層には、依然として河川敷ゴルフ場は最適な選択肢です。
【慎重な判断が求められるケース(会員権取得など)】
長期的な資産価値や生涯のホームコースとして会員権の購入を検討している場合は、立地が河川法に基づく国有地占用であるか、洪水ハザードマップ上で遊水地・調節池計画区域に指定されていないかを必ず確認すべきです。河川敷コースは公共の安全(治水)が最優先されるため、民間企業がいかに黒字経営であっても行政の要請によって占用許可が打ち切られるリスクを構造的に抱えています。
【川越 グリーン クロス pgm】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:川越グリーンクロスが閉鎖した本当の理由は何ですか?
A1:国土交通省が進める「荒川第二・三調節池事業」の整備区域にコース敷地全体が重なったためです。河川敷の占用許可期限が満了となり、国の治水事業用地として明け渡す必要が生じたことが営業終了の決定打です。経営不振や倒産ではありません。
Q2:名物だった「渡し舟」は他のゴルフ場でも体験できますか?
A2:コース間を動力付きの渡し舟で渡るスタイルは全国的にも極めて珍しく、川越グリーンクロスの象徴でした。同様のアトラクションを持つコースは首都圏には現存しておらず、貴重なゴルフ文化の光景が失われることとなりました。
Q3:会員権の預託金返還や補償はどうなりましたか?
A3:運営会社のPGM(パシフィックゴルフマネジメント)により、会則に基づいた預託金の全額返還手続きが実施されました。また、希望するメンバーに対しては近隣の系列コースへの転籍・優待プランが案内され、円滑に移行対応が行われました。
Q4:2026年現在、跡地を見ることはできますか?
A4:跡地周辺は現在、国土交通省による荒川第二調節池の工事現場となっており、敷地内への立ち入りは固く禁止されています。ただし、隣接する荒川サイクリングロードや土手の上からは、調節池の掘削工事が進む現地の様子を一望することができます。
まとめ:荒川の記憶を刻んだ川越グリーンクロスが遺したもの
名門河川敷コース「川越グリーンクロス」の営業終了は、多くのゴルファーにとって一つの時代の区切りとなりました。風に吹かれながら舟に乗り込み、仲間とスコアを競い合った時間は、訪れたすべての人の心に豊かな記憶として残り続けています。
その土地が今、首都圏に暮らす数百万人の命と街を守る治水インフラへと形を変え、社会の安全基盤として新たな役割を果たそうとしています。川越グリーンクロスが紡いだ56年の歴史と名物ホールの数々に敬意を表しつつ、私たちはゴルフ場が持つ多面的な価値と、自然と共生するスポーツのあり方を改めて胸に刻む必要があります。 (出典: 川越 グリーン クロス pgm(Yahoo!ニュース))