ゴッホのひまわり全7作の現在地と価値!日本にある理由と焼失の真相
鮮烈な黄色で観る者の心を揺さぶり続ける名画、フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」。美術史に名を刻む不朽の傑作でありながら、その背景には狂気と情熱、友への切実な思惑、そして戦争の惨禍による悲劇など、ドラマチックな物語が幾重にも刻まれています。
実はひと口に「ひまわり」と言っても、南仏アルルで描かれた花瓶入りの油彩画だけで全部で7つのバージョンが存在します。なぜそのうちの1点が東京・新宿のSOMPO美術館にあるのか、そして兵庫県芦屋市で灰燼に帰した「幻の1枚」の真相とは何だったのか。本稿では、現在の推定評価額や名画を巡る事件、独自の絵画技法まで、知られざる全貌をわかりやすく解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:花瓶に生けられた「ひまわり」は全7作制作され、現存するのは世界各地の5点(1点焼失、1点個人蔵)。
- 要点2:東京・新宿のSOMPO美術館が所蔵する1枚は、1987年に約53億円で落札されたアジア唯一の常設鑑賞可能なひまわり。
- 要点3:戦争で失われた「芦屋のひまわり」の悲劇や、近年の環境保護団体による襲撃事件など、時代を超えてニュースの中心であり続けている。
【全7作の比較】ゴッホのひまわりは何枚ある?現存する作品と所在
ポスト印象派の巨匠フィンセント・ファン・ゴッホの代表作といえば、誰もが真っ先に思い浮かべるのが黄色い背景の「ひまわり」です。しかし、「ゴッホのひまわりは何枚描かれたのか」という疑問を持つ人は少なくありません。ゴッホが1888年から1889年にかけて南フランスのアルルで描いた花瓶に生けられたひまわりは、合計7点存在します。
現在残されている作品の所在とそれぞれの特徴を比較すると、彼が試行錯誤を繰り返しながら構図や色彩を追求していた軌跡が浮かび上がります。
・1作目(3本のひまわり):個人蔵(一般非公開)
・2作目(5本のひまわり):日本の芦屋で1945年の空襲により焼失
・3作目(12本のひまわり):ドイツ・ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク所蔵(ターコイズブルーの背景が特徴)
・4作目(15本のひまわり):イギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵(黄色い背景の初作)
・5作目(15本のひまわり):日本・東京のSOMPO美術館所蔵(ロンドン版の複製・再考作品)
・6作目(15本のひまわり):オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館所蔵
・7作目(12本のひまわり):アメリカ・フィラデルフィア美術館所蔵
このように現存するのは世界でわずか5点(個人蔵を除く美術館所蔵分)。背景の色合いや本数、筆のタッチなどに明確な違いがあり、特に初期の青緑色の背景から、画面全体を鮮烈な黄色で覆い尽くすスタイルへの変化は、ゴッホの精神状態と絵画表現の進化を如実に物語っています。
【黄色い家の共同生活】親友ゴーギャンを迎えるために描かれた友情の証
なぜゴッホはこれほど執拗にひまわりというモチーフを描き続けたのでしょうか。その引き金となったのは、画家仲間であるポール・ゴーギャンとの「黄色い家」での共同生活でした。
1888年、南仏の陽光に憧れてアルルに移り住んだゴッホは、芸術家たちが集うユートピア(共同体)を作る夢を抱きます。その呼びかけに唯一応じようとしたのがゴーギャンでした。敬愛する友人を迎え入れるため、ゴッホはアトリエ兼住居である「黄色い家」の客室の壁をひまわりの連作で飾り立てようと計画します。
西洋絵画において、太陽を追うひまわりの花言葉には「憧れ」「情熱」「忠誠」といった意味が込められます。ゴッホにとってひまわりは、南仏の強烈な太陽光の象徴であると同時に、ゴーギャンへの熱烈な友情と歓迎のメッセージそのものでした。しかし、理想に燃えた2人の共同生活は、性格や芸術観の激しい衝突によりわずか約2カ月で破綻。かの有名な「耳切り事件」へと発展し、ひまわりの夢は儚く散ることになります。
【SOMPO美術館と評価額】なぜ日本にひまわりがあるのか?当時の落札劇
日本国内で唯一、本物のひまわりを常設展示しているのが、東京・西新宿にあるSOMPO美術館です。海外の名立たる国立美術館と肩を並べ、なぜ日本の民間美術館がこれほどの至宝を所有しているのか、その経緯にはバブル期の歴史的ニュースが関わっています。
1987年3月、ロンドンのクリスティーズで開催されたオークションにおいて、旧安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)が当時の絵画史上最高額となる約2250万ポンド(当時の為替レートで約53億円)で落札しました。一企業の美術品購入としては前代未聞の額であり、世界中で大きな波紋を呼びました。
現在、国際的なアート市場におけるゴッホのひまわりの評価額は、仮に市場へ出た場合300億円から500億円以上に達すると見積もられています。新宿の高層ビル群の一角で、世界最高峰の至宝を日常的に間近で鑑賞できる環境は、世界的にも極めて贅沢な特権です。
【芦屋のひまわり焼失の悲劇】戦火に消えた「幻の2作目」と武者小路実篤
実は、SOMPO美術館の作品よりもはるか昔、日本にもう1点、極めて貴重なひまわりが存在していました。それが美術史ファンの間で「幻のひまわり」と呼ばれる、山本顧彌太(やまもと こやた)氏が所有していた「芦屋のひまわり(5本のひまわり)」です。
大正時代、白樺派の作家・武者小路実篤や志賀直哉らがゴッホの芸術に心酔し、実業家の山本顧彌太氏に購入を懇願。1920年にスイスで約7万フラン(当時の約2万円、現在の換算で数億円規模)で購入され、日本へと海を渡りました。国内の展覧会で公開された際は長蛇の列ができ、日本画壇に計り知れない衝撃を与えました。
しかし、第二次世界大戦末期の1945年8月6日、兵庫県芦屋市を襲った米軍の阪神大空襲により、山本邸の強固な倉庫に保管されていたにもかかわらず建物ごと全焼。名画は灰燼に帰してしまいました。現存していれば国宝級の価値を持っていただけに、世界の美術界にとっても取り返しのつかない損失として語り継がれています。
【技法インパストと事件】絵の具の立体感と名画を襲ったトマトスープ事件
ゴッホのひまわりを肉眼で鑑賞した際、最も圧倒されるのがその絵肌(マチエール)の力強さです。ゴッホはチューブから直接絵の具を絞り出し、筆やペインティングナイフでキャンバスに厚く盛り上げる「インパスト(厚塗り)」という技法を駆使しました。立体的に盛り上がった花芯や花びらの質感は、光の角度によって陰影を生み、まるで花が生きているかのような生々しいエネルギーを放ちます。
一方、その圧倒的な知名度ゆえに、現代では過激な抗議活動の標的となる事件も発生しました。2022年10月、ロンドンのナショナル・ギャラリーにて、環境保護団体の活動家2名が展示されていたひまわりにトマトスープを投げつける事件が発生。世界中に衝撃が走りましたが、幸いにも作品は頑丈な保護ガラスに覆われていたため、キャンバス自体への深刻な被害は免れました。
この事件は美術館のセキュリティや文化財保護のあり方に一石を投じ、現在では各国の主要美術館で手荷物検査の厳格化や展示ケースの強化が進められています。
【ゴッホのひまわり】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ゴッホのひまわりは全部で何枚ありますか?日本で見られる場所は?
A1:アルル時代に描かれた花瓶入りのひまわりは全部で7点制作されました。現在は焼失した1点と個人蔵の1点を除く5点が世界各地の美術館で公開されており、日本国内では東京・西新宿のSOMPO美術館で常設展示されています。
Q2:なぜ同じような構図のひまわりを何枚も描いたのですか?
A2:最初は親友ゴーギャンを迎えるアトリエの装飾用として描かれましたが、その後、ゴーギャンがその出来栄えを絶賛したため、彼に贈るためや自身の技法をさらに研ぎ澄ます目的で、構図を再考した複製画(レプリカ)を複数枚制作しました。
Q3:絵の具の黄色が制作当時から変色しているというのは本当ですか?
A3:事実です。ゴッホが多用した黄色い顔料「クロムイエロー」は、紫外線や大気中の化学反応によって時間とともに茶褐色にくすむ性質を持っています。最新の光学調査では、制作当時のひまわりは現在よりもはるかに眩しく輝くレモンイエローだったことが判明しています。
まとめ:時を超えて輝き続ける情熱の黄色と未来への継承
フィンセント・ファン・ゴッホが37年という短い生涯の中で、魂を削るようにしてカンバスに叩きつけた「ひまわり」。そこには親友との理想郷を夢見た歓喜、別れの苦悩、そして画家としての飽くなき探求心が凝縮されています。
空襲での焼失や近年の過激な抗議事件など、名画を取り巻く波乱の歴史は、この作品が時代を超えて人々を引きつけてやまない強大な引力を持っている証拠でもあります。新宿のSOMPO美術館をはじめ、世界各地で保護され続ける黄色い傑作の数々は、今後も色褪せることなく、人類の至宝として未来へと受け継がれていくはずです。 (出典: ゴッホ の ひまわり(Yahoo!ニュース))