新青山東急ビルの跡地は今どうなった?エイベックス本社誕生の真相を徹底解説
東京・南青山3丁目の青山通り沿い。東京メトロ銀座線の外苑前駅から表参道交差点へと緩やかに上る坂の途中に、かつてビジネスとカルチャーの交差点として確固たる存在感を誇ったオフィスビルが存在しました。それが東急不動産が手掛けた「新青山東急ビル」です。1980年代から1990年代にかけて日本のエンターテインメント産業が爆発的な成長を遂げるなか、このビルは音楽カルチャーの覇者となったエイベックスの本拠地へと看板を変え、南青山のランドマークとして時代の熱気を一身に集めました。
2026年を迎えた現在、神宮外苑地区の大規模再編や青山通り沿いのビル建て替えが相次ぎ、界隈の景観は劇的な進化を遂げています。そうしたなかで、かつての記憶を持つビジネスパーソンや音楽ファンの間では「あの新青山東急ビルはその後どうなったのか」「なぜ解体され、いまの巨大タワーへと生まれ変わったのか」という疑問が今なお語り継がれています。不動産登記の変遷、企業財務戦略、そして現地取材から得られた街の空気感を交え、南青山の一等地に刻まれた歴史の全貌を紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:新青山東急ビルの跡地(港区南青山3-1-30)は、2017年に竣工した地上18階建ての超高層タワー「エイベックス本社ビル(avex building)」として現在も稼働している。
- 要点2:東急不動産による開発からエイベックスによる一括取得、老朽化と機能集約に伴う建て替え、さらに2021年の約700億円におよぶ外資ファンドへの売却(セール&リースバック)という激動の企業不動産(CRE)ドラマが存在する。
- 要点3:2026年現在の南青山3丁目エリアは、外苑前・表参道の中間地点として坪単価4万5,000円〜6万円台の高水準を維持し、ブランド力と発信力を兼ね備えた最高峰のビジネス拠点として君臨している。
【2026年最新】新青山東急ビル跡地の現在の状況|エイベックス本社ビル誕生の全貌
かつて「新青山東急ビル」と呼ばれた敷地(東京都港区南青山3丁目1番30号)に現在そびえ立つのは、ガラスカーテンウォールが洗練された輝きを放つ地上18階・地下2階、高さ約102メートルの「エイベックス本社ビル」です。かつての面影を残す低層のオフィスビルは跡形もなく姿を消し、2017年12月の竣工以来、青山通りを代表する現代建築として揺るぎない威容を誇っています。
しかし、現在のビルを巡る不動産関係者の見方は、単なる「エイベックスの自社社屋」にとどまりません。エイベックスは新型コロナウイルス禍に見舞われた2020年から2021年にかけて、抜本的な事業構造改革とキャッシュフロー確保を目的とした固定資産の売却を決断しました。カナダの大手不動産投資会社ベントール・グリーンオーク(BGO)傘下の特定目的会社に対し、帳簿価格を大きく上回る推定700億円規模で同ビルを売却したのです。
この取引は、資産を売却した上でテナントとしてそのまま賃借を続ける「セール&リースバック方式」で実施されました。2026年現在のビルの状況を登記情報および現地テナント案内で確認すると、エイベックスグループがメインテナントとして中高層フロアに入居しつつ、余剰フロアや低層部には先端テック企業、外資系コンサルティングファーム、クリエイティブエージェンシーが入居する「複合型ハイグレード賃貸オフィス」として機能しています。南青山の一等地において、持たざる経営による資本効率化と最高峰の執務空間の維持を両立させた先進事例として、不動産業界でも極めて高い評価を受けています。

東急不動産からエイベックスへ|新青山東急ビル建て替えの真相と歴史の経緯
この土地が辿った変遷を理解するには、1980年代初頭に時計の針を戻す必要があります。当時、東急不動産が南青山エリアで展開していた「東急ビル」シリーズの一角として竣工したのが「新青山東急ビル」でした。周辺の「青山東急ビル(南青山2丁目)」などとともに、青山通り沿いのオフィス需要を支える堅牢なSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)オフィスとして誕生したのです。
転機が訪れたのは1990年代半ばでした。ダンスミュージックや小室哲哉プロデュースの楽曲群で社会現象を巻き起こし、急成長を遂げていたエイベックス(当時のエイベックス・ディー・ディー株式会社)が、事業拡大に伴い同ビルへ主要オフィスを構えます。当初は賃貸テナントとしての入居でしたが、快進撃を続ける同社は2000年代初頭、東急不動産など複数のオーナーからビル全体の敷地と建物を一括取得。名称も「新青山東急ビル」から「エイベックスビル」へと変更され、名実ともにエンタメ帝国の牙城となりました。
自社ビルとなった旧ビルですが、2010年代に入ると大きな構造的課題に直面します。最大の要因は旧耐震基準(1981年以前の設計基準)に起因する耐震性能の不安と、延床面積約8,000平方メートル強というキャパシティの限界でした。当時、グループ企業が南青山・赤坂・六本木周辺の賃貸ビル十数カ所に分散しており、組織間のシナジー阻害と巨額の外部賃料発生が深刻化していたのです。
当時の役員会や決算説明会資料でも「分散したクリエイター機能の一体化と、来たる大地震に耐えうる最新BCP(事業継続計画)拠点の構築」が緊急の経営課題として掲げられました。かくして2014年、旧新青山東急ビルを完全に解体し、容積率の緩和特例などを活用した超高層タワーへの全面建て替えプロジェクトが正式に始動したのです。
【データで見る変遷】新青山東急ビルから現在に至るスペック&テナント履歴比較
かつての旧ビルと現在の最新社屋、そして南青山エリアの一般的な賃貸市場のデータを比較すると、この再開発が都市空間および不動産価値にどれほどの変革をもたらしたのかが一目瞭然となります。
| 項目 | 旧・新青山東急ビル時代 | 現・エイベックス本社ビル(2026年) | 南青山3丁目・周辺オフィス相場 |
|---|---|---|---|
| 竣工年・建物規模 | 1980年頃竣工 地上8階・地下1階 | 2017年10月竣工 地上18階・地下2階(高さ約102m) | 築15〜25年程度 地上7〜10階建て規模が主流 |
| 延床面積 | 約8,500㎡ | 約28,344㎡(旧ビルの3倍超) | 3,000〜8,000㎡規模 |
| 所有者・権利構造 | 東急不動産等 → エイベックスが一括取得 | 外資系投資ファンド(BGO系) ※エイベックスによるリースバック | 国内不動産デベロッパー、J-REIT、個人オーナー混在 |
| 推定募集賃料水準 (共益費込・坪単価) | 当時水準:約2.5万〜3.2万円/坪 | 約4.8万〜6.2万円/坪 | 約3.8万〜4.5万円/坪(青山通り沿い) |
| 主要テナント構成 | 東急系関連法人、一般企業 → エイベックス単独利用 | エイベックスグループ、外資系テック、コワーキング、商業店舗 | アパレル本社、デザイン事務所、外資系マーケティング企業 |
データが示す通り、建て替えによって延床面積は約3.3倍に拡大しました。南青山という厳しい高さ規制・斜線制限が存在する地域において、敷地後退(セットバック)による公開空地の創出と総合設計制度の活用により、容積率の大幅な積み増しを実現した好例といえます。

【実態検証】外苑前・表参道エリアの変遷と南青山3丁目再開発のリアル
実際に現地である南青山3丁目の交差点周辺に立つと、かつてのビルがまとっていた昭和末期・平成初期のオフィス街の空気は完全に払拭されていることが分かります。外苑前駅から青山通りを西へ徒歩3分ほど進むと、通りに面して大きく開放されたピロティ空間と緑豊かな植栽が視界に飛び込んできます。
建て替え工事の期間(2014年〜2017年)、エイベックスは一時的に六本木一丁目の泉ガーデンタワーや住友不動産六本木グランドタワーへと仮移転していました。当時の様子を知る地元アパレル関係者は次のように証言します。
「あの数年間、エイベックスの社員や関係者が出入りしなくなったことで、南青山3丁目のランチ需要や夜の飲食街の客足は目に見えて落ち着いてしまいました。しかし2017年末に新社屋が完成し、さらにビル低層部に一般利用可能な広場空間や商業スペースが生まれたことで、以前にも増して多国籍で洗練されたクリエイターたちが行き交うようになったのです。」
SNSやネット上のコミュニティを観察しても、往時を偲ぶ声と現在の姿に対する好意的なリアクションが交錯しています。「かつてクリスマスシーズンになるとビルの壁面に巨大な装飾が施されていたのを覚えている」「昔の新青山東急ビル時代に通ったレコード会社の窓口が、いまやガラス張りの超近代タワーになっていて隔世の感がある」といった投稿が多く見られます。2026年現在の南青山は、みずほ銀行青山支店跡地の再整備や神宮外苑地区の大型再開発とも呼応し、東京屈指の「カルチャーと国際ビジネスが交錯するプロムナード」へと結実しています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「東急ビル」の名称と解体の噂
「新青山東急ビル」というキーワードで情報を探す際、インターネット上ではいくつかの歴史的混同や誤った言説が散見されます。調査報道の視点から、特に多く見られる2つの誤解を正しく整理しておかなければなりません。
誤解1:南青山2丁目の「青山東急ビル」との混同
最も多いのが、外苑前駅の南東側(港区南青山2丁目)に位置する「青山東急ビル」との混同です。東急不動産はかつて青山通り沿いに複数の旗艦ビルを保有していました。南青山2丁目の物件は「青山東急ビル」、今回取り上げている南青山3丁目の物件が「新青山東急ビル」です。前者は現在も東急不動産系のポートフォリオとして運用されており、解体された事実はありません。「東急ビルが解体された」という噂の正体は、南青山3丁目の新青山東急ビルがエイベックスへ売却された後に建て替えられた事象を指しています。
誤解2:「東急不動産がビルを解体・建て替えした」という誤認
ウェブ上の簡易なまとめ記事などでは「東急不動産が新青山東急ビルを最新タワーに建て替えた」と解説されるケースがありますが、これは事実誤認です。解体を主導し、巨額の建設資金を投じて現在のタワーを完成させた施主はエイベックス株式会社です。東急不動産の手を離れて自社ビル化されたのち、エイベックスの成長戦略とブランディングの一環として新築工事が行われました。東急不動産はビルの初期開発者であり、建て替えの主体ではないという点は正確に把握しておく必要があります。
【プロの結論】南青山・外苑前エリアのオフィス選定|適性判断の明確な基準
新青山東急ビルからエイベックス本社ビルへと至るドラマは、現代の都市社会学および企業不動産(CRE)戦略における極めて重要な教訓を提示しています。高度経済成長期からバブル期にかけて重宝された「本社ビルの自社保有による信用力誇示」は、もはや過去の遺物となりました。エイベックスが見せた「一等地を自社仕様で最高峰に建て替え、機を見て外資ファンドへオフバランス化(流動化)し、キャッシュをコア事業へ再投資する」という身軽な立ち回りこそ、ボラティリティの高い現代社会を生き抜く合理的な財務行動です。
こうした歴史的背景と2026年最新の不動産相場を踏まえ、企業が南青山3丁目・外苑前・表参道エリアへオフィスや拠点を構える際の判断基準を提示します。
南青山3丁目・外苑前エリアへの進出をおすすめできる企業
- クリエイティブ・エンタメ・IPビジネス関連企業:青山・原宿・渋谷というカルチャー発信地のハブに位置し、クリエイターやタレント、パートナー企業との接触頻度が事業成長に直結する組織。
- 採用競争力を最優先するテック系・スタートアップ:「南青山一等地の超高層ビル勤務」というステータスは、優秀なZ世代・ミレニアル世代のエンジニアやデザイナーを獲得する強力な採用フックとして機能します。
- ESG・BCP(事業継続性)を重視するグローバル企業:制震構造や非常用発電設備など、最新のスペックを備えたビルに拠点を置くことで、国際的な取引基準や監査基準をクリアしたい法人。
南青山3丁目・外苑前エリアへの進出に慎重になるべき企業
- 対面顧客対応が少なくバックオフィス中心の法人:坪単価が5万円を超える一等地に管理部門を置くことは、固定費の観点から合理的ではありません。赤坂見附や五反田、新宿西口などコストパフォーマンスに優れたエリアの検討が妥当です。
- 来客用の大規模駐車場や大型搬入動線を日常的に必要とする企業:青山通り沿いは交通規制や荷捌きスペースに制約が多く、大型機材の日常的な搬出入を伴う製造・物流系企業には不向きといえます。
【新 青山 東急 ビル】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:新青山東急ビルの跡地には現在、何が建っていますか?
A1:地上18階・地下2階建ての超高層オフィスビル「エイベックス本社ビル(avex building)」が建っています。2017年10月に竣工し、エイベックスの本社機能が入居するほか、複数の外部企業が入居するハイグレード賃貸オフィスとして稼働しています。
Q2:なぜ東急不動産のビルだったのに、エイベックスの社屋になったのですか?
A2:1990年代半ばに急成長していたエイベックスがテナントとして入居した後、業容拡大に伴い2000年代初頭にビルと土地を一括取得したためです。東急不動産からエイベックスへ所有権が移転したことで「エイベックスビル」となり、その後に全面解体・建て替えが行われました。
Q3:現在のエイベックス本社ビルは、エイベックスが所有しているのですか?
A3:現在は自社所有ではありません。エイベックスは2020年から2021年にかけて、事業構造改革と財務基盤強化を目的に、同ビルを外資系不動産投資ファンド(ベントール・グリーンオーク系)へ約700億円で売却しました。現在は「セール&リースバック」により、テナントとして一部フロアを継続利用しています。
Q4:最寄り駅からの正確な住所とアクセスを教えてください。
A4:住所は「東京都港区南青山3丁目1番30号」です。東京メトロ銀座線「外苑前駅」1a出口から徒歩約3〜4分、東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線「表参道駅」A4出口から徒歩約5〜6分の青山通り沿いに位置しています。
まとめ:南青山の激動史が映し出す都市と企業の未来像
昭和から平成、そして令和へ。かつて東急不動産の堅牢なオフィスビルとして誕生した「新青山東急ビル」は、J-POPの黄金期を築いたエイベックスの躍進とともに歩み、やがて南青山の一等地にそびえる最先端タワーへとその姿を変えました。さらに外資系ファンドへの売却を経て、現代のオフィスビルは「所有するもの」から「戦略的に利用するもの」へと、その価値観を劇的に変容させています。
神宮外苑の緑を望み、表参道のファッショナブルな空気が流れ込む南青山3丁目。新青山東急ビルが刻んだ都市の記憶は、建物の姿を変えた今もなお、東京という巨大都市のダイナミズムと日本を牽引する企業たちの挑戦の軌跡として、青山通りの街角に息づいています。 (出典: 新 青山 東急 ビル(Yahoo!ニュース))